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【忠臣?】陶隆房を大いに語る会【逆臣?】

1 :人間七七四年:2007/06/06(水) 00:02:30 ID:K3h7u34p
大内家を守り立てようと頑張った陶尾張守。
もしも毛利右馬頭によって討たれなければ大内家は完全に中国地方、北九州をその掌中に入れ、
幕政にも参与していたことだろう。
もっとも、その時の大内家当主が大内義長なのか隆房なのか、それとも大内輝弘なのかはわからないが。
隆房は大内家を乗っ取ろうとしたのかどうか、改めて考えてみようではないか。

2 :人間七七四年:2007/06/06(水) 01:11:59 ID:gtN77NH1
隆房には孫がいるな

3 :人間七七四年:2007/06/06(水) 01:15:07 ID:gtN77NH1
どうでもいいが>>1が毛利右馬頭とか、 陶尾張守って書いてるが俺の友人にも、 役職名とかで言わんと気が済まんという奴がいる

4 :人間七七四年:2007/06/06(水) 01:20:15 ID:M+xdfOjG
隆房とか通ぶってる>>1が痛すぎるwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww

5 :人間七七四年:2007/06/06(水) 01:46:18 ID:Vmh4Metv
官職名に拘るとかならともかく、隆房ならノブヤボやってる中学生でも知ってるだろ…

6 :人間七七四年:2007/06/06(水) 02:16:41 ID:HhJ0XG9v
松永久秀のことは断固として松永弾正と呼びたい俺ガイル

7 :人間七七四年:2007/06/06(水) 02:49:44 ID:gtN77NH1
羽柴筑前

あと陶晴賢だろ、隆房でもいいが
晴賢には鶴寿丸という孫がいた
興昌という兄もいる

8 :人間七七四年:2007/06/06(水) 16:03:21 ID:do+Pno8V
>>1
本当に惜しい人を亡くしたものだ…
だが、なぜ分かりづらく書く?気に入らん

9 :関羽様:2007/06/06(水) 18:06:30 ID:4hos/CT5
こんな糞スレ終了して、三国志について語ろうぜ!

10 :奇矯屋onぷらっと ◆O.K.H.I.T. :2007/06/06(水) 21:00:59 ID:gBU3fKds
もうちょっと見てみたい。

11 :ザビエル(゜ゝ゜)つ†:2007/06/07(木) 18:17:12 ID:dSRNS+n+
義将の小西行長様のスレにしようよ

12 :人間七七四年:2007/06/07(木) 18:33:17 ID:d3kvMX6D
ガチムチ隆房がオッス連発でアッー

13 :人間七七四年:2007/06/08(金) 07:29:32 ID:bZlnShSo
隆房が武任に「俺リバだから三人でやろうぜ!」って提案すれば
そもそも謀反する必要なかった

14 :人間七七四年:2007/06/08(金) 22:32:01 ID:xlht08ZN
陶晴賢って名前超かっこいい。
てかこのスレタイも一般に名の通ってる
晴賢のほうがよかったのでは?

15 :人間七七四年:2007/06/10(日) 00:36:35 ID:YFkGQX3E
大河の陣内隆房は逆臣イメージ薄めてたけど若干イマイチだった

16 :奇矯屋onぷらっと ◆O.K.H.I.T. :2007/06/10(日) 00:38:53 ID:oNo3qiLe
確かに陣内の使い方には不満感が残ったね。

17 :人間七七四年:2007/06/12(火) 22:44:00 ID:NKOBJ7oe
そうかなあ 結構良かったけど
白井さんの武任は最高だった。

18 :人間七七四年:2007/06/13(水) 00:28:15 ID:GBG8A89i
最期の一騎打ちはなんか笑えた。>大河の陣内

19 :人間七七四年:2007/06/13(水) 12:17:08 ID:G1mCwpJs
>>1
尾張守が「終わり」に通じて縁起が悪いな。

20 :人間七七四年:2007/08/05(日) 21:28:26 ID:aTVRh6O9
自分を主君に討たせようとしたって本当?

21 :人間七七四年:2007/09/03(月) 21:04:22 ID:tv+Ikwxu
>>20
どこで紹介されてる説ですか?

22 :人間七七四年:2007/10/09(火) 00:02:39 ID:0frBxFbw
北九州は掌中に出来ないよ。
大内義長を養子に迎え入れる条件として、大友側に
譲渡してしまったからね。
代わりに瀬戸内海交通の利権を直接支配しようと
したんじゃない。
あと、陶晴賢と相良武任の対立は、相良の政策が、
大内氏当主に権力を集中するものだったからと
いう説があるみたいだな。

23 :人間七七四年:2007/11/06(火) 17:02:21 ID:AoKBMo5G
あげ

24 :人間七七四年:2007/11/19(月) 01:15:01 ID:v0+RRuFQ
あげ

25 :人間七七四年:2007/11/19(月) 10:08:33 ID:eE2slCiK
陶だけじゃなく内藤・杉・弘中まで謀反したのは痛すぎたな

26 :人間七七四年:2007/11/19(月) 10:39:58 ID:aTegSNxi
隆房の「隆」は、大内義隆の偏諱。
晴賢の「晴」は、大内晴英の偏諱。

謀反後は主の下の字じゃなくて、上の字(しかも将軍家由来)を貰ってるとは生意気だなw

27 :人間七七四年:2008/01/06(日) 03:23:08 ID:rJvPzq6A
陶が大河ドラマになるのはさすがに無理か。

28 :人間七七四年:2008/02/13(水) 14:07:56 ID:7/VnFOK3
>>19
陶=末だから、最高に縁起が悪い。

29 :人間七七四年:2008/04/16(水) 21:42:35 ID:TdTTkwnK
あげ

30 :人間七七四年:2008/04/16(水) 22:05:53 ID:HxM1ClFK
西国無双と呼ばれたらしいが能力値低いなノブヤボ

31 :人間七七四年:2008/04/18(金) 04:50:46 ID:V9/iKiKy
陶晴賢は宗像家に内紛の原因を持ち込み
本家派、山口派と一門と家臣団を分裂させ
結果宗像一門の男子は絶え宗像氏断絶させた
ちょっかい出したのなら宗像氏の家督争い
最後まで面倒見ればいいのに途中で戦死しやがって

32 :人間七七四年:2008/05/28(水) 18:21:03 ID:0uNj6jBI
杉とか吉見とか内藤と上手くやれなかったもんか?

33 :人間七七四年@全板トナメ開催中:2008/06/04(水) 04:11:34 ID:2ZWwApBX
陶家は最強

34 :人間七七四年:2008/06/11(水) 04:35:30 ID:plgL7Lm8
山口県に陶小学校てあるね

35 :人間七七四年:2008/06/15(日) 07:12:56 ID:Ncc1gmj5
陶晴賢>>>>>山縣昌景、立花道雪、児玉就方、毛受勝照、柴田勝家、柿崎景家
侍大将の素質っつったらこんなもんだぜ

36 :人間七七四年:2008/06/15(日) 10:49:12 ID:Pg57t0XR
この時代どこにでもある、戦国初期の守護代の行動なんだけどな。主君を打ち滅ぼすなんて。

37 :人間七七四年:2008/06/15(日) 13:09:28 ID:QJbgrGJ1
>この時代どこにでもある、戦国初期の守護代の行動なんだけどな。主君を打ち滅ぼすなんて。

でも自分も滅んじゃったらな
下克上は出来ても家を存続させる事が如何に難しい事か

38 :人間七七四年:2008/06/16(月) 06:03:39 ID:9mrrVnHN
陶弘景

39 :人間七七四年:2008/06/18(水) 10:22:30 ID:35ygH+wf
最強

40 :人間七七四年:2008/06/18(水) 17:17:15 ID:Aggs1DPf
キーパーソンの相良武任って結局のところどうなの?

41 :人間七七四年:2008/06/19(木) 10:30:31 ID:uSgiFN/H
>>40
出自もよく分かってない人だね。
肥後の相良氏の一族だったりするんだろうか?

42 :人間七七四年:2008/06/19(木) 22:02:49 ID:oP+4qGo7
かなり強い
正に西国無双

だが不思議と抜けてる

43 :人間七七四年:2008/06/20(金) 01:31:07 ID:RY65kJy1
>>41
父親の相良正任は相良の内訌で滅んだ上相良氏の遺子って伝承。根拠があるかは知らん。

44 :人間七七四年:2008/06/20(金) 01:56:19 ID:yPXNICM9
正任は最初は隆房の祖父に仕えてたみたいだね
面白いはずなかろうて

45 :人間七七四年:2008/06/20(金) 02:16:08 ID:9BvFxUZQ
>隆房の祖父

陶弘護さまか

46 :人間七七四年:2008/06/20(金) 02:21:21 ID:yOC8eW/i
つか、陶と右田の関係がいまいちよくわかんないんだが。

なんで右田が、庶家の陶の苗字を名乗ったりしてるん?

47 :人間七七四年:2008/06/21(土) 14:17:41 ID:Tq3rJuwL
祖父が陶氏の子孫を自称してるんだが

陶氏は滅んだんだよな?

48 :人間七七四年:2008/06/21(土) 14:21:55 ID:umLd/UVg
>>47
大族だから滅んでないよ

49 :人間七七四年:2008/06/21(土) 17:44:15 ID:3gPiSN7v
普通に毛利の家臣になってたりするな。

でまかせで子孫を名乗ってメリットのあるような一族じゃないし、案外本当かも知れにょ>>46

50 :人間七七四年:2008/06/21(土) 17:45:17 ID:3gPiSN7v
×本当かも知れにょ
○本当かも知れんよ

orz

51 :人間七七四年:2008/06/21(土) 18:32:47 ID:BlV6jlw3
自称レベルでは晴賢とか長房の落胤はけっこういるんじゃなかったっけ

52 :人間七七四年:2008/06/21(土) 22:55:15 ID:0PDaSLFq
         ハ,,ハ
        ('(゚∀゚∩_ おいらをどこかのスレに送って!
      /ヽ   〈/\ お別れの時にはお土産を持たせてね!
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53 :47:2008/06/22(日) 14:31:06 ID:dWIR93cZ
マジか


ありがとう

54 :人間七七四年:2008/06/22(日) 14:35:14 ID:/21BosXo
>>53
家紋ってどんな感じ?

55 :人間七七四年:2008/06/22(日) 14:47:30 ID:5LLYyuu+
>>53
おじいさんがそれ言うときに何か根拠みたいなの言ってた?
「○○だから子孫である」的に

・家系図や代々の言い伝えがそうなっている
・当時の文書や品を持っているor本家にあった
・郷土史や第三者がそれっぽいことを言っていた
・そもそも苗字が陶(末)だったり右田だったりする

みたいなの。その内容によって信憑性が定まってきそうな

56 :人間七七四年:2008/06/22(日) 16:06:14 ID:dWIR93cZ
>>55
詳しくは覚えていないorz
申し訳ない

俺が知る限りとしては苗字が陶くらいかな。

祖父は結構歴史に詳しくからなにか根拠があって言ってるのだと思うんだが‥





覚えていないんだ

57 :人間七七四年:2008/06/22(日) 18:45:32 ID:DbUumCq8
>>56
   ∧∧
   (=゚ω゚)ノぃょぅ 陶さん
 〜(  x)
   U U

58 :アナゴさん:2008/06/22(日) 21:29:38 ID:Jzh/9Iro
ぃよう〜ぅ
す〜えくぅ〜ん。元気かよおぃー

59 :人間七七四年:2008/06/27(金) 11:41:29 ID:0rzgBcuX
ぁあああんなごくんっ!!!

60 :人間七七四年:2008/06/28(土) 03:02:54 ID:k2VnzYdn
陶晴賢の声優は若本規夫がいいなぁ

61 :人間七七四年:2008/06/28(土) 08:35:23 ID:N0y8dghA
>>60
こんなスレがあるよ。

戦国武将を演じるなら、この声優さん
http://hobby11.2ch.net/test/read.cgi/sengoku/1164286818/

62 :人間七七四年:2008/06/28(土) 13:00:52 ID:cjuo1fS6
陶家の大内家中での地位は、どんなものだったのか。
大内家に次ぐ家格だったの?

63 :人間七七四年:2008/06/28(土) 18:35:31 ID:vA83d6jo
>>62
陶家は山口がある周防国の守護代
大内の分家に当たる
大内家当主から大軍を与えられ、指揮することも多かった

64 :人間七七四年:2008/06/29(日) 21:46:48 ID:Tg8erJJX
陶が毛利に敗れなかったら、いずれ大内家を乗っ取っていたんだろうか?

65 :人間七七四年:2008/06/29(日) 21:52:28 ID:KNZvB1x3
>>64
まあ、軍の指揮権はほぼ掌握していたから、実質のっとってたようなものではあるがな。

66 :人間七七四年:2008/06/30(月) 18:38:25 ID:PMimYyNf
>>64
大友からつれてきた当主をその後どうするつもりだったのかは興味がある。

傀儡当主と実権者の関係を代々続けるとも考えにくいが、
正常化後に大内の一家臣に戻る、というのも信じがたい。

長房あたりを大内義長の養子に捻じ込むつもりだったのかな?

67 :人間七七四年:2008/06/30(月) 19:06:36 ID:sxz05gKM
大友家との関係を考えると、義長を粗末にはできんだろ。

68 :人間七七四年:2008/06/30(月) 19:14:09 ID:yk0qKf5P
越後の長尾氏における上杉氏のように棚上げする感じかな?

69 :人間七七四年:2008/07/02(水) 01:02:49 ID:SdFXpHSL
一応、「偽大内を討つ」という大義名分の下、毛利は動いていたわけだから、
戦後の処理がややこしいことになるな。

70 :人間七七四年:2008/09/10(水) 00:26:46 ID:Gd4B9d7b
( ・´ω・`)

71 :人間七七四年:2008/09/14(日) 03:20:18 ID:PT6L2BPi
あげ

72 :人間七七四年:2008/09/30(火) 13:17:44 ID:1ZEOGcPm
厳島の戦いで勝ってたらどうなってたの
そのまま毛利領呑み込んで尼子攻め?

73 :人間七七四年:2008/10/03(金) 23:05:25 ID:pFcz+0GQ
>>72
勝ち方にもよる

74 :人間七七四年:2008/10/05(日) 01:52:44 ID:Ja1aPa/r
勝ち方っても毛利方は勝負掛けてるし、
普通に考えたら元就、隆元、元春、隆景は全員討ち死にかな
特に隆景は史実でもちょっとやばい場面なかったっけ?

75 :人間七七四年:2008/10/05(日) 12:30:56 ID:Joj86gKf
厳島合戦はあくまで安芸の国人一揆の中心的存在だった毛利家を打倒もしくは屈服させるのが目的
当時の毛利は大内家の指示(と言っても陶の指示なのだが)で備後平定をタダ働きさせられ、
それを不満にもった安芸国衆に担がれ大内家と敵対断絶

石見の吉見家をようやく屈服させた陶隆房(この時は既に晴隆だっけ?)は安芸衆が敵対化する事で、
出雲の尼子の南下、石見銀山や本領の周防が脅かされるのを防ぐ為、毛利討伐の為に出陣

なので、どんな圧勝したとしても、そのまま尼子攻めはないよ
毛利滅ぼしたなら安芸の支配体系の確立、毛利を屈服させたのなら、直参を何名か安芸に置く
そんな処理して大内領と国政の安定化を図るでしょ

76 :人間七七四年:2008/10/06(月) 06:30:40 ID:R8+UHKRI
つまり陶のケチ根性がなければ
もうちょっとうまくいってたのか

77 :人間七七四年:2008/10/23(木) 14:31:13 ID:dLxKi48o
同じ毛利のライバルでも、尼子晴久より語られることが少ないのは何故?

78 :人間七七四年:2008/10/24(金) 12:30:32 ID:h6k95Dc3
そうか?むしろ尼子のほうが語られていないと思うが。

79 :人間七七四年:2008/10/27(月) 15:08:45 ID:PPVYzt4B
確かに尼子の方がより不遇だな
Amazonで関連本探しても全然出てこない
大内(+陶)の方がまだ書籍が見つかる

80 :人間七七四年:2008/10/27(月) 22:16:29 ID:Ci713kTj
世界遺産の島で戦ったのが幸運だったんだな。

81 :人間七七四年:2008/12/08(月) 02:07:05 ID:HIVtOs7Q
厳島の戦いって見せ場も作ってたしな
尼子はジリジリやられたから派手さにはかける

82 :人間七七四年:2008/12/08(月) 13:11:48 ID:X315X3Z8
〇晴賢
×晴隆


83 :人間七七四年:2008/12/08(月) 20:02:39 ID:MbQyu129
「大内義隆」個人にとっては逆臣。
「大内家」にとっては忠臣(と本人は思っている)

84 :人間七七四年:2008/12/09(火) 03:48:30 ID:46LOOwM2
戦国武将の特権削いでまで朝廷や公家のご機嫌とらなきゃならない大名も命がけだったわけで

85 :人間七七四年:2008/12/09(火) 05:37:50 ID:IUHjWtxD
隆房が晴英から一字もらったら普通は晴房だよね。なんで晴賢?

確かに過去には陶弘賢とか陶房賢とかいるみたいなんだけど、なぜあえてそれ?

86 :たられば君:2008/12/09(火) 09:36:23 ID:8yzJtnt9
>>85

> 隆房が晴英から一字もらったら普通は晴房だよね。なんで晴賢?

あなたの考えがなぜそうなるかはわからないけど、
晴英から一文字もらうなら英房(ふさふさ)になってしまうから
下の字も変えたんでしょ。

87 :人間七七四年:2008/12/09(火) 11:02:06 ID:sI6p2GvW
むしろ陶英賢でいいじゃないの、とは思う。
晴英自体が足利義晴からの偏諱だろうから、晴だと又貸しになっちゃう。

88 :人間七七四年:2008/12/09(火) 13:48:06 ID:CK/l9IJ5
>>87
陶の大内家での権勢の大きさが伺えるね。

89 :人間七七四年:2008/12/09(火) 14:18:59 ID:UfP3ii/P
「英」で「ふさ」って読むのか?

90 :人間七七四年:2008/12/10(水) 02:49:06 ID:nPkBF07r
地元では愛されてるみたいだな
若山城跡はなんというかすごかった

91 :人間七七四年:2008/12/10(水) 06:53:44 ID:hTgUHTb5
地元の戦国武将はみんな持ち上げるのが普通
晴賢ほどの知名度ならなおさらだろ

92 :人間七七四年:2008/12/10(水) 07:15:51 ID:zeTBILKr
地元でも宇喜多直家だけはなんとも言えない扱われ方だなw

93 :人間七七四年:2008/12/10(水) 12:58:27 ID:mC98mIPI
>>89
「英」で「ふさ」や「はなぶさ」とも読む。

94 :人間七七四年:2008/12/12(金) 08:57:54 ID:zsm3Faco
ふさふさに笑った

95 :人間七七四年:2008/12/12(金) 12:37:50 ID:xkgLK7mI
晴英というよりは足利義晴からの偏諱という感じなのかなあ…。 →晴賢

大寧寺の変の翌年、晴賢は幕府に使者を送って
「謀反は正当なものだった」というお墨付きを貰ったと聞いたことがある。
その際、自分は「晴英」経由で「晴」の字を貰い、
晴英(義長)からの偏諱は息子に受けさせて(長房)、
それによって将軍家にも主家にも叛意のないことを示そうとしたとか。
足利義晴は既に死んでいたし、晴英は名前を変えることになっていたしで、
そこにあまり問題はなかったのではと想像。

>>85
陶家の初代、弘賢にならったと聞いたよ。

96 :人間七七四年:2008/12/14(日) 14:15:53 ID:OqskMIDk
偏諱といえば、相良武任とかの武って誰からきてるの?
15世紀後半ぐらいに陶武護・弘中武長・杉武連・内藤武盛etc...やたら出てくる。

政弘か義興の別名?

97 :人間七七四年:2008/12/14(日) 21:43:32 ID:gSfdW9me
大内武弘が出てくるのは百年以上後になるな

98 :人間七七四年:2008/12/25(木) 14:02:35 ID:L3FMvtzt
>>85-95
事実は知らないけど、理屈から言えば足利義晴からの偏諱だと考えるのが自然だと思うよ。

中小規模の大名だと、当主が将軍の諱の二文字目(足利義晴の場合「晴」)をもらうけど、
大規模な大名の場合、当主が「義」をもらい、ついでに二番手が二文字目をもらってる。

大内…義隆/晴持
大友…義鎮/晴英

だから当主が大内晴英、実権者が陶隆房なら、それぞれ「義」「晴」をもらうのがすんなりくる。

大内…義長/晴賢

99 :人間七七四年:2008/12/26(金) 01:26:56 ID:/jibU9+S
足利義晴の没年をチェックしてみよう

100 :人間七七四年:2008/12/26(金) 14:06:18 ID:8KRDw+BA
orz

101 :人間七七四年:2009/01/01(木) 15:39:13 ID:rf08ypx4
陣内智則じゃないほうの陣内が演じた陶はインパクト十分、忘れられない

102 :人間七七四年:2009/01/02(金) 19:16:26 ID:vjtFJbEe
確かにあの配役は良かった。ドラマ自体は微妙だったけどね。

あれで自分の中の陶晴賢のイメージが陣内なんとか則に固定された気がする。

103 :人間七七四年:2009/01/02(金) 22:09:19 ID:aU2XnkWE
陣内某一番のハマり役だと思うよ

104 :人間七七四年:2009/01/03(土) 01:08:47 ID:ki9cflXL
判官殿そのままだったが・・・
元春と一騎打ちするシーンとか
死ぬ寸前に辞世の句をひねり出す無茶な演出は好き

105 :人間七七四年:2009/01/03(土) 03:20:10 ID:79ADRf2a
死に方はアレはないだろうと思ったけどなw

106 :人間七七四年:2009/01/03(土) 09:42:04 ID:0+2oF6rH
大河の陶は空気読めなさがいい
大内義興の遺骸を見て笑う所なんか最高だった

107 :人間七七四年:2009/01/05(月) 07:19:51 ID:6rim070v
102 まっ森田がはしのすけになるのは有り得ないしその森田が成人したTERUMOTOになるのも有り得ない、、、

108 :人間七七四年:2009/01/14(水) 20:26:41 ID:kSFGy/PQ
陶って謀叛後に義隆の首と対面した?

109 :人間七七四年:2009/01/14(水) 22:01:19 ID:EVBerQEk
火つけて燃やしたんだからそれはないんじゃないかな
義尊とか隆豊とか公家連中の首はみたんだろうけど

110 :人間七七四年:2009/01/14(水) 23:00:31 ID:kSFGy/PQ
>>109
ああ、そっか。火放ったのか
ありがとう

111 :人間七七四年:2009/02/08(日) 20:38:04 ID:mRkWSg7c
質問スレで半年ぐらいレスもらえなかったから
詳しい人が多そうなこっちで聞く
----
質問です
陶晴賢は次男らしいのですが、
ある本やサイトでは兄の名は興昌で戦死、
また、別の本やサイトでは兄の名は義清で父の興房によって毒殺、
というように名前も死因も全く違うのです
ここまで違うと同じ人物とは考えにくいし、かといって晴賢が三男だったという記述も見当たらず、
どっちが正しいのか気になっています
----
名前の諱(興→大内義興からの偏諱)を考えたら興昌の方が信憑性があるよね?
まさか将軍家由来の義の字もらえるはずがないし

112 :人間七七四年:2009/02/09(月) 19:01:20 ID:wdzkuMPs
義清なんぞ初めて聞いた

113 :人間七七四年:2009/02/09(月) 21:32:34 ID:F2D5fox5
>>111
興昌=義清
で正しいと思います。

死因に関しては、
父興房によって毒殺というのは、陰徳太平記に載っている話のようです。
大内研究で有名な福尾猛市郎氏の本には
安芸で戦死したとあり、こちらの方が信憑性は高いように思われます。

名前については、私の想像なのですが、
大内晴持(義隆の最初の養子)が死んだ時、
その死を悲しんだ義隆が、将軍家より「義」の字を貰い、
義房という名をつけて葬ったと聞いたことがあります。
「義清」という名も同様に、
興房が、夭折した息子の供養のために、
将軍家由来の諱をつけてあげたということではないでしょうか。

114 :人間七七四年:2009/02/09(月) 22:00:39 ID:Icc7sLRC
>>113
ありがとう、同一人物の可能性が高いのか
いやーでも義隆レベルならともかく
陶家ぐらいの家格で果たして義をもらえるのだろうか

115 :人間七七四年:2009/02/09(月) 22:27:03 ID:un88EcEQ
隆房の兄はなんか賢すぎて将来を心配されて殺されたとか
「義隆は暗愚だ」とか言い放ったから殺されたとか
いろいろあるな
ちなみにこのお兄さんも義隆の寵愛を受けていたとか

116 :人間七七四年:2009/02/10(火) 06:40:29 ID:GJ91mmxp
それも陰徳太平記だな
陰徳太平記の流れは隆房が興房の実子ではなく義清毒殺後、興房の養子になったんだっけ?
正直信憑性薄いよな…
陰徳太平記は毛利マンセーの軍記物語だし、
大内方の歴史は大内義隆記の方がまだ参考になるかもな

117 :人間七七四年:2009/02/10(火) 23:19:01 ID:sEWeacj3
>>116
大内義隆記だとどういう記述になってるのかな?
この本あまりお目にかかれないんだけど…

118 :人間七七四年:2009/02/11(水) 13:54:03 ID:3wmQhkjX
毎回思うが、「陰徳太平記は毛利マンセーの軍記物語」と言うヤツは内容を本当に知ってるか疑問なんだが

119 :人間七七四年:2009/02/11(水) 13:58:01 ID:i2ZrLl9v
>>118
絶対内容を読んだ事ないよな。断片的な知識だけで語っている。

120 :人間七七四年:2009/02/11(水) 15:29:41 ID:vQTWv0Lt
ここ何のスレ?
陰徳太平記スレ?

121 :人間七七四年:2009/02/11(水) 15:48:45 ID:SD8PgOqI
陶隆房のスレです
隆房はともかく晴賢って変換しにくい

122 :人間七七四年:2009/02/11(水) 17:31:36 ID:dijmK4Ky
辞書登録するんだ。

123 :人間七七四年:2009/02/11(水) 21:07:41 ID:h78LcGWx
陶さんは残ってる逸話やらから考えると
味方には優しいけど敵対する者にはどこまでも残酷だなあと思う

124 :人間七七四年:2009/03/13(金) 10:48:44 ID:/Q8Z/N4I
>>12
そういうことも含めて、このスレが立ったんじゃない?

125 :人間七七四年:2009/03/13(金) 22:21:54 ID:30NHR5QU
!?

126 :人間七七四年:2009/03/23(月) 08:49:19 ID:C1TabZ6k
ヽ(`Д´ )ノ ボッキアゲ

127 :人間七七四年:2009/03/29(日) 21:27:27 ID:5Ewbl2zW
ちさかなほぬぬ

128 :人間七七四年:2009/03/30(月) 20:19:13 ID:TEjWh4xi
義隆討った後の動きが何だか怖い
杉を討つ必要はあったのかね

129 :人間七七四年:2009/04/03(金) 12:46:54 ID:VpIvHLVG
地元の若山城跡入口に「450年忌」と小さな看板がかけてあった
なんかイベントあるのかね?

130 :人間七七四年:2009/04/03(金) 20:46:58 ID:Qud/eZLJ
450年は何年か前じゃないかな?
その時に若山城のふもとに石碑とか建ったみたいだし

131 :人間七七四年:2009/04/03(金) 21:19:33 ID:RfLqTOo+
今から450年前なら1559年だしな

132 :人間七七四年:2009/04/03(金) 21:26:04 ID:I8PjaTQB
ああ、そうだな。

133 :人間七七四年:2009/04/06(月) 20:31:41 ID:VTL99H5M
陣内(智則じゃないよ)演じる陶は嫌いではなかった、、、

134 :人間七七四年:2009/04/06(月) 21:41:32 ID:kQFSiE2Z
>>101と同じ人か

135 :人間七七四年:2009/04/15(水) 20:17:11 ID:GjU3qKYQ
大内や毛利関連の小説を読むと陶は若いころは美童で
成長してからは(義隆を討った後からは)デブっていう描写があるんだけど
デブの方のソースって何の本に書いてあるんでしょう
美童のソースは見つけたんだけどデブの方がどうしても見つからない

136 :人間七七四年:2009/04/16(木) 01:06:24 ID:tcW89AhH
太めだったのは隆房の祖父の陶弘護じゃないかな
こっちは雪舟が描いたはっきりした肖像画が残ってるから
祖父似ってことにして小説ではデブ設定なのかなあと

137 :人間七七四年:2009/04/16(木) 07:20:41 ID:E6X2Gili
>>136
なるほど、ありがとう
どの小説読んでもガチムチだったりぶよぶよだったりと差はあれど
長じた後は一様にピザってるから何か有名なエピソードがあるのかと思った

138 :人間七七四年:2009/04/16(木) 07:22:37 ID:E6X2Gili
ごめん、下げ忘れた

139 :人間七七四年:2009/04/17(金) 06:53:46 ID:C6XOP2Xd
陶晴賢の部将の江良房英ってどの程度の武将だったんだろうか?

140 :人間七七四年:2009/04/17(金) 07:13:53 ID:/GNCTi2v
房栄な

141 :人間七七四年:2009/04/18(土) 10:32:27 ID:IsGc0NLy
>>135
元ネタは軍記物系かも。
松本清張の「私説・日本合戦譚」(これは随筆)に、
晴賢=肥満の話が出て来るんだけど、
(「元来、大兵肥満で、二十二、三貫もあるうえに、
重い鎧を着ていることだし、長く歩くことができない云々」)
文末に、厳島合戦は正確な資料がないので「吉田物語」「陰徳太平記」「芸侯三家誌」
などの俗書に拠った、と但し書きしてあるから。
でも、正八幡宮(宇部市の?)所蔵の晴賢像(板に描いてある)は、太ってないのが不思議。
墨がかすれてよくは見えないけど、頬の線などはむしろ少し細め。
板描きで神社に残っているということは、絵馬みたいなものと思われるし、
絵馬ならば後世のものとは考えづらいんだけど、どうなのかなあ。
地元の方とか、詳しい人の話が聞きたい。

142 :人間七七四年:2009/04/24(金) 23:04:20 ID:YZl5dx47
どうも元はイケメン、歳取ってデブったとなると
脳内ビジュアルが蒼天航路の劉璋に固定されるw
あいつもデブだけど無駄にイケメンなんだよ

143 :人間七七四年:2009/04/25(土) 22:43:15 ID:MGeGf1Mi
むしろデブったことがきっかけで義隆の心が離れた、としたほうが因果関係としてはわかりやすいw


144 :人間七七四年:2009/05/13(水) 02:46:58 ID:PCWBNmm+
(`・ω・´)

145 :人間七七四年:2009/05/13(水) 20:16:45 ID:ipfw85fj
(´・ω・`)

146 :人間七七四年:2009/05/13(水) 21:51:13 ID:6IX3V1V6
( ・´ω・`)


147 :人間七七四年:2009/05/13(水) 23:44:21 ID:JJw8rXHM
( ・´ω・`)9m

148 :人間七七四年:2009/05/14(木) 10:28:16 ID:0U7SrU10
陶って名字の由来はどこ?

149 :人間七七四年:2009/05/14(木) 11:12:28 ID:/H+/y9JI
>>148
大内氏に従って山口に来たときに住み着いた地名(陶村)から
元々は多々良氏

150 :人間七七四年:2009/05/14(木) 21:24:10 ID:0U7SrU10
>>149
ありがと。
多々良は筑前の地名だと思うけど、一族の出もそっちなのかな?

151 :人間七七四年:2009/05/14(木) 21:30:32 ID:VmXMlgnF
陶のルーツ=大内のルーツだから
根っこを辿れば渡来系になるんじゃないのけ

152 :人間七七四年:2009/05/16(土) 03:51:35 ID:0PBReI8I
四国の陶駅となんか関係あるのかな?

153 :人間七七四年:2009/05/17(日) 22:48:52 ID:HeLbPgTr
ところで陶晴賢は忠臣なんですか?
逆臣なんですか?

154 :人間七七四年:2009/05/26(火) 20:18:13 ID:zlsQuNVS
>>153
それは残った資料からお前が判断することなんじゃないの

155 :人間七七四年:2009/05/26(火) 20:33:59 ID:HDhVmX9R
えっ

156 :人間七七四年:2009/06/13(土) 18:45:38 ID:JUVbnIH1
この間のNHKでやった番組で
苦労知らずだのボンボンだの言われててワロタ

157 :莫邪 ◆Bakuya.ugA :2009/06/14(日) 00:07:49 ID:vavr2PDE
隆房がボンボンなら龍造寺隆信なんかお坊ちゃんだな

158 :人間七七四年:2009/06/14(日) 00:27:28 ID:DBuEBKLG
>お坊ちゃん

いや、あっちは本物の還俗組だから…

159 :人間七七四年:2009/06/14(日) 10:24:05 ID:Og8ZFDXJ
陶全薑ちゃん

160 :人間七七四年:2009/06/14(日) 13:31:09 ID:b5ni7eNA
全姜のが

161 :人間七七四年:2009/06/16(火) 11:54:19 ID:VU6w4qB6
陶は忠臣でしょう。
義隆公に統率力なんてなかったし、大友家が増長し始めてる。


162 :人間七七四年:2009/06/16(火) 20:49:19 ID:yK4T5PM7
>>156
あと元就の扱いが
汚い毛利さすがきたない
なのが噴いた

163 :人間七七四年:2009/06/16(火) 21:06:59 ID:XorfXnc0
「村上さんが抜けるならわたしも抜ける」「水軍がいない大内に未来はにい」「お手本がいなくなる・・」




164 :人間七七四年:2009/06/16(火) 21:07:19 ID:XorfXnc0
くだらないレスで上げてしまった…

165 :人間七七四年:2009/06/16(火) 21:14:23 ID:XS3ref3p
>>161
謀反のときにその大友家にずいぶん塩を送っちゃった面もあるんだけど

166 :人間七七四年:2009/06/16(火) 21:45:15 ID:dT0hdmje
問田亀鶴でも良かったのにな

167 :人間七七四年:2009/07/13(月) 01:25:01 ID:Wr3y6o2W
だね

168 :人間七七四年:2009/07/17(金) 01:04:41 ID:ABiUoomf
あのー、こんにちは。
陶晴賢の諱は、
当主晴英ではなく将軍足利義晴からの偏諱だったのではないかと思うのです。
その考察を文章にまとめてみました。
拙いものですが、興味がありましたら覗いて下さると嬉しいです。
400字詰めで25枚程度。少し長いので2ページに分けています。

1ページ目
http://www.geocities.jp/gessoutan/essays/harukata-imina/1.html
2ページ目
http://www.geocities.jp/gessoutan/essays/harukata-imina/2.html

169 :人間七七四年:2009/07/17(金) 06:53:45 ID:Q1Ls8AAj
うーん

170 :人間七七四年:2009/08/10(月) 02:05:55 ID:UVL5pEq4
うーん

171 :人間七七四年:2009/08/10(月) 21:36:38 ID:kUS1Hk/O
うーん

172 :人間七七四年:2009/08/11(火) 07:02:41 ID:0nRmPY3f
誰か読んでやれよw

173 :人間七七四年:2009/08/11(火) 15:21:57 ID:rLtgOZt0
長い文章とか漢字の多い文章は苦手なんだ。

義隆心の辞世も

討つ者も討たるる者ももろともに

の先がすでに読めない。

174 :人間七七四年:2009/08/18(火) 11:29:42 ID:cVeyAqqh
>>173
その辞世は真作?

175 :人間七七四年:2009/08/18(火) 19:24:38 ID:fFU6Kw9o
>>174
贋作説とかあるの?

後半全部漢文調なんて独創的すぎる作風、「いかにもありそう」でなければいけない贋作には向かないと思うんだけど。

176 :人間七七四年:2009/10/02(金) 15:11:38 ID:XgRGn1Y8
急速浮上するお

177 :人間七七四年:2009/10/02(金) 18:04:15 ID:+iG5WkbM
>>168
隆房→晴賢改名時の将軍は義藤なので、当代の将軍を差し置いて
前将軍から諱をもらうとは考えにくくないかね?現に晴英→義長は義藤からのものだし

178 :人間七七四年:2009/10/02(金) 18:10:36 ID:Pd7NnqjW
隆房→晴賢の改名は戦国時代きっての謎だと個人的には思う

179 :人間七七四年:2009/10/02(金) 20:15:29 ID:Gh36JUCZ
なんで陶はるかたは大内氏を裏切ったの?

180 :人間七七四年:2009/10/02(金) 20:17:00 ID:H4kxu7Xk
えっ

181 :人間七七四年:2009/10/02(金) 20:31:34 ID:Gh36JUCZ
だれか陶晴堅はなんで大内義隆を暗殺して乗っ取ろうとしたのか理由を教えて下さい

182 :人間七七四年:2009/10/02(金) 20:59:11 ID:H4kxu7Xk
>>181
乗っ取ってはいない、つか暗殺じゃねー
形だけでも大内の血を引いた義長を当主に据えている

謀叛人の例に漏れず色んな説があるけど、
・暗愚化した義隆を討って大内家を立て直したい
・政局から遠ざけられて領地没収されそうになったりしてその事に危機感を覚えた

よくあるのはこんな所かね

183 :168:2009/10/02(金) 23:22:16 ID:khvXkpMT
>>177
……
将軍職は天文15年には既に義輝だったんですね。
見落としていました。考察し直してきます。

184 :168:2009/10/03(土) 00:32:06 ID:MV+L64Jd
追記
私は晴賢の偏諱の時期を、天文17年(1548)あたりと推測したのですが。
今改めて調べてみたところ、
天文14年(1545)、大内家では相良武任の追放と嫡男義尊の誕生という
大きな流れがありますね。これが鍵になるようにも思います。
何か、この先は歴史的考察というより
単なる空想にならざるを得ない予感もするのですが…

185 :人間七七四年:2009/10/03(土) 09:43:33 ID:mnGE2flL
>>184
天文19年の春に山口に滞在していた吉川元春に
隆房の名で書状出してるからその仮説は当てはまらない

行きすぎた空想よりもまずよく調べた方がいい

186 :人間七七四年:2009/10/03(土) 13:03:39 ID:Wsew222M
>>183
隆房が反乱をする前に義晴は死んでいるし
改名は反乱をした後だから違うんじゃないか

187 :人間七七四年:2009/10/03(土) 16:12:12 ID:LjLxYBlX
長房だと息子と被る

188 :人間七七四年:2009/10/03(土) 18:49:31 ID:r3lCuZef
>>185
そういうのってまとめた資料とかがあるの?

189 :人間七七四年:2009/10/04(日) 09:04:29 ID:KuTg8I2P
毛利と吉川の資料は多いし、
陶の縁戚の益田が長州藩家老として生き残っているから
陶関連の文書もそれとの関係でわりと残っている

190 :人間七七四年:2009/10/25(日) 01:05:04 ID:PVxV572X
ふむ

191 :人間七七四年:2009/11/04(水) 19:35:20 ID:aJrobZ63
ほう

192 :人間七七四年:2009/12/10(木) 19:47:48 ID:l1dQOvMc
落ちちゃうよ!

193 :人間七七四年:2009/12/10(木) 19:50:13 ID:m6Kyj7Cv
落ちたらまた俺が立て直してやるよ

194 :人間七七四年:2009/12/10(木) 20:09:29 ID:oD/fWHAB
陶さんは優しい人だったのでしょうか?厳しい人だったのでしょうか?

195 :人間七七四年:2009/12/10(木) 20:10:33 ID:wZeHOu3V
一人の人間をそう簡単にカテゴリー分けできるかよ
小学生か

196 :人間七七四年:2009/12/10(木) 21:35:27 ID:l1dQOvMc
隆房さんはわかりませんが
興房さんはいいひとでした

197 :人間七七四年:2009/12/11(金) 12:38:41 ID:1Fl/1Eq6
陶…大したやつだ

198 :人間七七四年:2010/01/06(水) 17:54:00 ID:c07vHVrL
今頃気づいたのか

199 :人間七七四年:2010/01/26(火) 16:18:02 ID:hyOdqHXB
陶 磁器…大したやつだ

200 :人間七七四年:2010/03/05(金) 00:31:55 ID:CeSDjjVt
 

201 :月孔雀:2010/03/05(金) 09:36:49 ID:blYJ6f2u
山口県民の意見を聞きたい。

202 :人間七七四年:2010/03/05(金) 09:41:48 ID:oSYiuhKw
陣内たかのりはハマり役だったね。
もっとも、他の俳優が演じているものを見たことないけど。

203 :人間七七四年:2010/03/06(土) 01:13:13 ID:6kZCc9E4
>>201
山口県民の英雄は維新志士ばかりなので、
大内とか陶とかどうでもいいような存在。
毛利は地元の殿様なので少しは別だが。

204 :人間七七四年:2010/03/06(土) 07:50:29 ID:FrPUAvyh
でもそれは萩の方だろ
山口市内や周南市の方までそうとは限らないはず


205 :人間七七四年:2010/03/06(土) 10:09:41 ID:USFUHDpv
光市の英雄は伊藤某
周南市の英雄は熊
下松市の英雄は・・・?知らん

206 :人間七七四年:2010/03/06(土) 11:15:06 ID:eVlwxhcl
大河ドラマに毛利元就を運動に周南市(旧新南陽市)がそこそこ盛り上がってたぞ 
地元の小学生が手作り鎧で若山城まで行進したりとか


207 :人間七七四年:2010/03/07(日) 16:03:51 ID:uFslHbnK
そりゃ大河で地元が大盛り上がりなのは当然かな
特に普段は日の当たらない地域だと

208 :人間七七四年:2010/03/07(日) 17:04:08 ID:BgbyyHTx
山陽なのに日が当たらない( ´Д⊂ヽ

209 :人間七七四年:2010/03/16(火) 02:07:26 ID:sRncaxPG
執政狙いだったのだろうな


210 :人間七七四年:2010/03/16(火) 07:37:55 ID:u12nS6OY
謀叛人なのに小説なんかでもあまり逆臣っぽく書かれる事がないな

211 :人間七七四年:2010/03/16(火) 10:08:43 ID:pTiGeOCP
まあ、主家の存在自体をつぶそうとしていたわけじゃないし。

それなりの実績があってやや自信過剰気味になってる若手が無為無策の主君に業を煮やして、
才覚溢れる自分がカリスマ性を発揮して沈み行く船を立て直そう!と思ったら
逆にトドメさす結果になってしまったでござる、

って流れは、自身と重ね合わせて共感してしまう人が多いんじゃないかな。

212 :人間七七四年:2010/06/12(土) 15:05:48 ID:YEHyjD+L
>>201
朝日が若山城から昇るのを毎日見てる者ですが、地元の教育や市政でもあまり注目された存在では無いです。
ぶっちゃけると逆臣だし最後は大敗してるからかも知れませんが?
実際に城の規模などの調査もあまり行われていません。
例えば毛利に勝っていれば英雄扱いになったかもしれませんね。
陶については地元でも詳細をあまり知らない人が多いので毛利を地元の殿様として認知している人が多いです。
防府市には毛利庭園などもありますから(^−^)

私としては毛利氏よりも大内氏の方がすきですね・・・多分山口では少数派でしょう?

地元でもあまり知っている人が少ないのですが昭和初期までは若山城の近くに埋蔵金があると噂があり多くのトレジャーハンター(素人?)が沢山訪れたみたいですが(^−^;

213 :人間七七四年:2010/06/12(土) 16:11:14 ID:1T/kQgy5
>朝日が若山城から昇るのを毎日見てる者

なんか格好いいなw


214 :人間七七四年:2010/06/12(土) 17:24:28 ID:H+CAAXJN
小倉史によると
元就が厳島合戦をする前に
小倉城を攻撃したと特記しております。
これは陶の指令に従って小倉を強襲したと想像できます。
陶は当時、北九州で宗像事件などを引き起こしており、
元就は義隆殺害の共犯者でした。
ここらへんは毛利史料からは隠蔽されたのか記述はないので
存在自体が黙殺されてきました。
しかし小倉市は毛利にも大友にも肩入れせずに
中立的に記述してる点で好感が持てます。
厳島合戦を前に元就が陶の指令で渡海し小倉を襲うとなれば
なかなか興味深い話です。

215 :人間七七四年:2010/06/12(土) 17:37:57 ID:7nJ+4VhW
その頃の小倉城って今のと同じ場所にあったの?

216 :人間七七四年:2010/06/12(土) 18:00:04 ID:H+CAAXJN
すまん、小倉じゃなくて門司城だった・・・すまん

217 :人間七七四年:2010/06/13(日) 10:03:08 ID:H33fW5De
元就と比較すると、晴賢は圧倒的に若い(元春世代?)。
それで若くして厳島で死んだのに、息子や孫までいるのですね?
そのあたり、詳しい方おられませんか?

218 :人間七七四年:2010/06/13(日) 10:22:07 ID:v4uGr0v/
>>217
隆房は1521年生まれで同世代には武田信玄がおり、
年齢でいえば元春(1530年生まれ)よりも隆元(1523年生まれ)に近い

1539年、隆房が数え年で19の時に内藤隆時の娘を嫁にもらい、
翌年には子の長房が生まれている
孫と言われている陶鶴寿丸だが長房の年齢を考慮すると隆房の子である可能性が高い

219 :人間七七四年:2010/06/13(日) 10:43:08 ID:0o20PoE6
長房に相良が愛娘差し出そうとしたときは隆房が拒否ったんだけっか。

220 :人間七七四年:2010/06/13(日) 21:37:36 ID:H33fW5De
>>218
そう考えると尼子晴久の1514年生まれってのも、なんか納得できない。
少なくとも、もう5年くらいは上なんじゃ...

221 :人間七七四年:2010/06/13(日) 21:47:52 ID:y4v395a+
尼子の話は尼子スレの方が詳しいよ

222 :人間七七四年:2010/06/17(木) 18:37:31 ID:VWsieBrQ
若山城行ってみたい

223 :人間七七四年:2010/06/17(木) 18:48:00 ID:nhMrdyrQ
城として残ってんの?

224 :人間七七四年:2010/06/17(木) 20:11:27 ID:t88SCpwe
城としての意味による

225 :人間七七四年:2010/06/17(木) 20:17:53 ID:hfbfl6WS
形が残ってて中を見学できるのかという意味
若山城跡という石碑が立ってるだけとかなら
つまんねえし

226 :人間七七四年:2010/06/18(金) 09:10:07 ID:l4Mh8F0b
(´・ω・`)

227 :貴方は何色がお好き?:2010/06/20(日) 08:07:18 ID:7uxduqAz
石碑と石垣くらいしかない。
基本的に周南市は史跡にお金かける気がないので放置状態。
空想城フアンの人なら現地で雰囲気が楽しめる。

228 :人間七七四年:2010/06/20(日) 09:17:29 ID:vsxXtTCw
>>181
痴情の縺れ

229 :人間七七四年:2010/06/20(日) 09:28:24 ID:MMJ1VZq+
うわあ…

230 :人間七七四年:2010/07/02(金) 04:15:37 ID:jQwfOSkE
スレタイに晴賢が入ってないのはつらいな

231 :人間七七四年:2010/07/02(金) 07:00:14 ID:6+vbLAxQ
日の当らない全薑(姜)呼び

232 :人間七七四年:2010/07/02(金) 07:08:50 ID:bzLVpCki
何故マイナーなんだろうなそれ。

おかげで厳島時の晴賢の脳内イメージがフサフサになってしまう

233 :人間七七四年:2010/07/02(金) 07:37:01 ID:6+vbLAxQ
>>232
諱より戒名の方が有名な信玄・謙信・宗麟並に定着してもおかしくないはずなのに
実際は晴賢>>隆房>>>>>>>全薑

下手な小説だと元服直後から晴賢だったりするし

234 :人間七七四年:2010/07/02(金) 08:29:50 ID:bzLVpCki
謎だねえ

235 :貴方は何色がお好き?:2010/07/03(土) 16:11:11 ID:Ba1ZHWnU
スレ違いかもしれませんが陶晴賢又は陶氏の出てくるゲームってありますか?
信長の野望とかでしょうか?・・・お勧めがあればよろしくお願いします。

236 :人間七七四年:2010/07/03(土) 18:01:48 ID:h379Rm5c
>>235
信長の野望にも出てるけど太閤立志伝5がいいよ
ゲーム自体が評判が結構よくて一人の武将になって行動できるから
大寧寺の変や厳島の戦いみたいな晴賢に関係ある出来事が
信長の野望よりは詳しく体験できる

237 :人間七七四年:2010/07/03(土) 18:31:54 ID:kpAyPJNW
>>235
英傑伝シリーズの毛利元就もいいんじゃないか?
大部創作も入ってる上に毛利側の視点で話は進むけど。

238 :人間七七四年:2010/07/04(日) 02:04:32 ID:UvdMtaHt
>>235
お手軽に行くならフリーゲームの戦国史

【フリー版】戦略級SLG 戦国史35【シェア版】
http://schiphol.2ch.net/test/read.cgi/gameama/1258850171/

ただし似顔絵も家紋もないゲームだからすごく地味だ。

239 :貴方は何色がお好き?:2010/07/04(日) 17:39:29 ID:wb1Jf465
>>236-237-238
ありがとうございます。
戦国史はフリーソフトみたいですのでまずはプレイしてみようと思います。
太閤立志伝5はPSP版があるみたいですから見かけて安かったら購入してみようと思います。
英傑伝シリーズは現在販売されていないみたいですが中古ショップで探してみようと思います。

個人的には「大内氏」か「陶氏」の誰かを自分でプレイして天下統一が出来るかプレイしてみたいです。


240 :人間七七四年:2010/07/06(火) 06:28:44 ID:IwBWBHBq
陶隆房が謀反起こす経緯について、よく相良武任の名は挙がるけど、
武断派と文治派でもめてたというのなら、他の文治派の人間はどうしてたんだろう?
他の文治派は「陶は武断派だけど、義隆様の贅沢三昧はヤバ過ぎだろ」って陶に同調して、
義隆にべったりな相良だけ取り残されたんだろうか?

241 :人間七七四年:2010/07/06(火) 07:07:52 ID:UTs1vOr0
冷泉隆豊がいるじょない
この人は文治派だとか武断派だとかで分けることが出来ない気骨の人だけど

242 :人間七七四年:2010/07/06(火) 07:44:37 ID:57afm4MS
他の武断派・文治派って誰がいるの?

243 :人間七七四年:2010/07/06(火) 21:47:03 ID:vILtIsYI
隆房と武任がはっきりと性格が違うから、武断派・文治派って言われてるけど実際は違うよな。
正直義隆についていってる奴も義隆・武任のやる政治に諸手挙げて賛同していたとは思えない。
隆豊の隆房を討ちとろうなんていう進言は本来なら武断派のやり方だし。

244 :人間七七四年:2010/07/06(火) 22:11:38 ID:BeDRqk1w
隆房・武任のは政策論争じゃなくて単なる対立にしか見えない

245 :人間七七四年:2010/07/08(木) 20:46:56 ID:Qz+bw5Ux
だな。内藤興盛とか弘中隆兼とか、武断派か文治派かってきかれたら
真ん中なんじゃねと思うし。

246 :人間七七四年:2010/07/08(木) 22:04:23 ID:axrY2O5u
武任が歩み寄りを見せているのに
全く乗らないところを見ると、
どうやら隆房は政争関係なしに本気で武任を嫌っていたようだな
もう少し器用だったら違う付き合い方もあっただろうに

247 :人間七七四年:2010/07/08(木) 23:22:25 ID:c1+bXgyW
杉なんかは陶晴賢と元来対立してたくらいだし、武断派VS文治派という構図には
必ずしも当てはまらないんじゃないか?
守護代なんかを勤めてきたような連中と、義隆が重用した側近層の対立じゃないかな

248 :人間七七四年:2010/07/08(木) 23:41:40 ID:EnP6Xl5B
杉は杉でも筑前守護代のほうはどっちの味方なんだかよくわからん行動を取ってるしな…

249 :名無しさん@そうだ選挙に行こう:2010/07/10(土) 07:45:12 ID:N8xpbohm
讒言しまくって義隆に討たせようとしたのに
その義隆が動こうとしないから見限って一緒に謀叛したら
謀叛後、隆房に討たれたでござる
しかも全ての元凶にされてしまったでござる

250 :人間七七四年:2010/08/01(日) 23:00:22 ID:dIwS+VEs
完全に混同されてるでござる

251 :人間七七四年:2010/08/02(月) 07:10:37 ID:1eYRpxCw
はあ?

252 :人間七七四年:2010/08/02(月) 08:13:16 ID:6TAUXnmY
豊前守護代は伯耆守
筑前守護代は豊後守

253 :人間七七四年:2010/08/02(月) 12:56:29 ID:dGnV25IT
相良武任は実際に遠江守にしてもらったんだよな。
これ、譜代との対立以外に肥後の相良本家との関係も絡んできて面白い。

254 :人間七七四年:2010/12/29(水) 15:12:24 ID:Z+L4IkCu
ほしゅ

255 :人間七七四年:2010/12/29(水) 20:36:05 ID:P4IIy0NW
陶ラーのおいらは陶氏居館跡に旅行中。
もう十回以上も来てるのに、今回、初めてわかったことがひとつ。
陶氏の本宅敷地ってめちゃくちゃ広い!
碑が建ってる小学校跡地って、ほんの一部だったんだ!
陶氏って勢力あったんだなって、改めて実感。

256 :人間七七四年:2011/01/25(火) 23:31:51 ID:mE8xNw7e
ほしゅ

257 :人間七七四年:2011/01/26(水) 08:42:51 ID:tukgY/F6
無理に保守するよりも一旦落として
「陶晴賢(隆房)」で立て直したほうがいい気がする。
過疎の一因はまず間違いなくスレタイにあると思うし。

あるいはさらに思い切って興房とかも含めた陶氏総合スレ化するとか。

258 :人間七七四年:2011/01/26(水) 22:45:40 ID:JTBUIMPP
むしろ大内氏と統合でいいと思う
語ってる内容も被ってるし
お互いにどちらかを切り離して語るのが難しい

259 :人間七七四年:2011/01/27(木) 00:34:39 ID:RuAv67pa
なんかもう
語り尽くしたって感じ

260 :人間七七四年:2011/01/27(木) 01:29:09 ID:U1O99mjh
語りつくしたならageるなよ…

261 :人間七七四年:2011/01/27(木) 06:17:54 ID:uxRUMpCn
ニワカですまんが○○守て重複して良いもんなのか
各地で家臣さえ名乗っているし官位としてどうなのか

262 :人間七七四年:2011/01/27(木) 07:13:07 ID:m2lrVtqa
自称してる連中と一緒にしないでください

263 :人間七七四年:2011/01/27(木) 15:25:00 ID:uxRUMpCn
>>262
勝手に名乗った奴も居たのか。サンクス

264 :人間七七四年:2011/01/27(木) 20:45:52 ID:Bk1EIBDr
>>261
自称された官位について
http://toki.2ch.net/test/read.cgi/sengoku/1211096514/


265 :人間七七四年:2011/02/12(土) 03:10:11 ID:wxIaF0/Y
ここは陶晴賢のスレですよー

266 :人間七七四年:2011/02/12(土) 10:52:01 ID:M+KSBJVH
それが読み取れないスレタイだからこの惨状なわけで

267 :人間七七四年:2011/02/12(土) 11:03:22 ID:PfdC/Nz7
過疎スレ

268 :人間七七四年:2011/02/13(日) 12:02:02 ID:QUkCQxSz
陶晴賢、なんとなく好きなんだけどなぁ・・・

269 :人間七七四年:2011/02/13(日) 22:30:32 ID:QUkCQxSz
誰かこのスレ立て直してくれ
「陶晴賢」で。

270 :人間七七四年:2011/02/14(月) 01:08:39 ID:7VK0FAfc
>>258のいうように大内と合流したほうがいいかも。

◇◆◇西国の名門大名 大内氏◇◆◇
http://toki.2ch.net/test/read.cgi/sengoku/1154888107/

陶関係の話題が多くなれば次スレのスレタイに含めることだって出来るだろう。

271 :人間七七四年:2011/02/14(月) 02:17:13 ID:mKJkok43
隆房と義隆、数百年ぶりの合体が見れるのは2chだけ!

272 :人間七七四年:2012/07/29(日) 00:27:10.07 ID:xMwxYaOw
陶興房あげ

273 :人間七七四年:2012/07/29(日) 09:15:08.27 ID:Kyf5Ykxy
晴賢は生き急ぎ過ぎて失敗した感じ

274 :人間七七四年:2012/08/06(月) 13:08:46.77 ID:2Mhyad36
何かドラマでも映画でも作ってくれないと今一盛り上がらない(´・ω・`)

逆臣で滅んでしまったのが災いしたとしか・・・勝ってたら歴史を変えてる大名になれたかもしれないのに。

今となっては各地の史跡も放置状態だし・・・若山城のある周南市も史跡の修復観光化には力入れないから。

ドンドン寂しくなる・・・orz

275 :人間七七四年:2013/02/09(土) 01:34:13.70 ID:BV2NNph0
良将

276 :人間七七四年:2013/09/05(木) 15:37:36.37 ID:8QKmaCEt
陶の経済政策は先見の明があったのだ。あげ

277 :人間七七四年:2013/09/06(金) 06:11:53.25 ID:X6Hjk65A
>>274
逆臣っていうより
陶を上げたら、大内が上がる。
大内が上がったら、毛利って?てなる。
長州代表みたいな扱いの毛利が、実は簒奪者だったなんて歴史ストーリーを喜ぶ長州人なんているのか?

278 :人間七七四年:2013/11/19(火) 21:40:27.33 ID:36fOOFTJ
>>274       , -―――― 、
      /         \
    /             i
    !     ○   ○   i
   |         _,-、   |
    i         _,ノ   ノ   「そうなのけ?」
    ヽ        、_,)   /
      ヽ.        _../
        --------

279 :人間七七四年:2013/12/04(水) 16:10:59.21 ID:8l8YmUyM
明治期に長州閥の維新功労者が力を持ったのも大きいよね。
それによって長州藩士の主である毛利の敵である陶はかなり低く
扱われる様になってしまった。

280 :人間七七四年:2013/12/16(月) 12:26:08.22 ID:+D03zaiE
>>277,279
昔学校の課外で簡単に調べたけど、冷泉隆豊たちの方が分かりやすい忠臣で感情移入しやすいし、
その人たちの嫡子とかも陶の追っ手をかわしてから、毛利に仕えて陶を討つ側に回ったりしてるんだよね
大内義尊なんて、最期が悲惨すぎて同情した村人が祭った神社みたいな観音様が未だに残ってる
大内の富の源泉だった日明貿易も打ち切られちゃうし……
義隆って観点から見るとどう考えても逆臣だし、どうしても印象が悪くなるね

281 :人間七七四年:2014/02/23(日) 13:59:36.47 ID:Q4TipkAK
『伽婢子』で、陶晴賢に火あぶりにされたという厚狭弾正は、実際に殺されたりしたかどうかはともかく、
実在したか、少なくともモデルになった人物がいたんじゃないだろうか。
厚東弾正忠という人物宛ての、毛利に靡くよう誘った元就・隆元連署の書状が、東大史料編纂所に
所蔵されてる。

282 :人間七七四年:2014/09/09(火) 20:37:45.19 ID:YPzisE01
義尊殺して忠臣はないな

283 :人間七七四年:2014/09/25(木) 20:19:12.73 ID:H9kuzmjf
>>281
弾正忠は官職名であり、戦国期は自ら名乗る者もいたから、
元就・隆元連署の書状の宛て名にある「厚東」とは苗字ではなく
地名(厚東郡など)だと思うのだが…。

284 :人間七七四年:2014/10/04(土) 01:08:47.81 ID:kAuC9IXX
>>282
隆房め、義隆の息子のムスコを削ぎやがって、なんて残酷な

285 :人間七七四年:2015/11/05(木) 08:51:11.63 ID:eyTPuTVz
陶(大内)も尼子も、戦国時代初期には大きかったけど
下克上により落ちぶれていった家だから人気ないのは当然
戦国時代って下克上が成立した時代だから面白いんだし
はっきり言ってやられ役的立場でしか活躍の場が無い
三好なんかもそうだけど

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